今回は「石門頌」についてご紹介します(*´▽`*)♪この古典、臨書部の10月号からの課題でして何度か書いてきました。自然でのびやかに書かれた文字は、書けば書くほどじわじわとその良さが分かってくるように…。せっかく臨書するのならばと、石門頌が刻された歴史背景、文字の特徴などを詳しくまとめたいと思います☆
(※上の大きな画像は、私がやっている日本習字臨書部の石門頌のお手本を並べたものです☆)

石門頌は石門(トンネル)に148年に刻された 現在は漢中市博物館で保管

石門頌は後漢時代西暦148年に刻された摩崖刻(まがいこく)です。摩崖刻とは以前の岩盤に文字を刻したもの。陝西省(せんせいしょう)漢中市にある褒斜渓谷(ほうやけいこく)には、いくつかこの摩崖刻があります。
かつて長安から成都に行くには険しい山脈を通らなければならなかったため、地名の由来となっている褒斜道(ほうやどう)が作られ「開通褒斜道刻石(かいつうほうやどうこくせき)」(後漢66年)が掘られました。
その後、西羌(せいきょう)の侵略によって褒斜道は壊されてしまいましたが、再度道が作られます。そこで作られたのが「石門頌」(148年)です。その後、この道を改修した功績をたたえて「西狭頌(せいきょうしょう)」(171年)も刻されました。
↓どれも漢時代の隷書。左から3番目が「開通褒斜道刻石」。左から2番目が「西狭頌」です。

「書道Ⅱ」より☆隷書と言ってもそれぞれ全く表情が違います(*´з`)
「書道Ⅱ」の年表より☆同じ時代に乙瑛碑(153)や、礼器碑(156年)もあります。

石門はドーム状のトンネルのような形で、高さは3.6m、幅は4.2mあり、石門頌はこの内側の岩壁に刻されました。22行、一行に30~37文字ほどの作品です。しばらくその場所にありましたが、1973年にこの地に水庫ダムを作ることとなり、現在は漢中市博物館内の「石門十三品陳列館」に保管されています。

強弱の少ないシンプルな筆の運び、どう変化を付けていくのかがポイント

私は今回課題でこの字を取り上げられるまで、石門頌のことはほとんど知りませんでした。石門頌は、隷書を学ぶ上でもとてもメジャーな古典という訳ではありません。私は高校の書道の教科書を取り寄せて読んでいるのですが、「書道Ⅱ」の方に「開通褒斜道刻石」は詳しく載っているのに、「石門頌」については名前だけ載っている程度です。(しかもおそらく授業では「書道Ⅰ」しか使わないかと。)隷書は美しい曹全碑や礼器碑などを学ぶことが多いため、その陰に潜んでしまっている気もします。
ただ書いてみると…石門頌がもつ魅力がじわじわと分かってきました

臨書部10月号半紙課題のお手本より☆(これプラス、本部の先生が書いてくださったものがお手本に載ってます)
これが記念すべき初めて臨書した石門頌(*’▽’)

石門頌の特徴として、臨書部のお手本(11月号)には「隷書の古い様式である『古隷』の趣をとどめながら、隷書の典型としての『八分』の特徴もとらえています」「古朴な味わいを表現すること」と書かれていました。
自然の岩に刻されている文字のため、ごつごつとした岩肌が感じられ、独特の雰囲気があります。波磔はありますが、線には強弱や太細があまりなくてあっさりとした、そしてゆったりとした印象。「漢隷の草書」と呼ばれることがあるほど、のびやかでリズム感があります。

11月号の条幅課題のお手本。作品にまとめるのは、またちょっと違った難しさがあります。
「墨量が足りない」と指摘されました(;^_^A

私たちは岩を刻すわけではなく筆で紙に書くので、普通に書くと単純でシンプルで物足りなくなりがち。そこからどのように古朴さを豊かに表現するのか。何度も何度も書いてから自分なりの書き方を見つけなければなりませんね。

◎石門頌を学ぶのに、参考になりそうな本などを見つけたので載せておきますね◎