臨書を本格的に学び始めて1年半たちますが、今年「孔子廟堂碑(こうしびょうどうひ)」を書いていて、こんなにも美しい字があるんだぁと改めて感動しています。臨書を学ぶ人はおそらく最初の方で触れるであろう、初唐の三大家の一人である虞世南の書です。のびやかで、ゆったりとおおらか。この孔子廟堂碑の歴史と魅力、特徴について詳しくまとめてみました(*^-^*)。今学んでいる方の参考になれば幸いです☆

五絶と称された虞世南 人柄が字に現れたというおだやかな書

4世紀から5世紀の初めに誕生したと言われる楷書。その標準体として位置を確立した書家である、欧陽詢・虞世南・褚遂良は「初唐の三大家」と呼ばれています。※唐中期の顔真卿を加えると「唐の四大家」になります。

「書道Ⅰ」より☆右から欧陽詢、虞世南、褚遂良、顔真卿。「之」の一字とっても特徴が違いますね~

虞世南は高貴な家柄出身。隋の煬帝にその才能を認められ、隋が滅亡後、唐の第2代皇帝太宗から絶大な信頼を得ていたと言われています。書の基本は智栄から学び、王義之書法を極めました。智栄は真草千字文で有名ですね!
「貞観政要(じょうがんせいよう)」という太宗の言葉をまとめた有名な本があります。←今でも現代語訳版はビジネス書として知られています。そこには「太宗があるとき、虞世南には5つの優れたもの(五絶)があると言った。一つは徳行、二つ忠直、三つ博学、四つ詞藻(文辞)、五つ書翰(書簡)である」などベタ褒めの内容書かれています。虞世南は相当優秀な人だったようで、欧陽詢とともに「弘文館学士」として書の指導をしていました。
◎↓これが現代でも読まれている「貞観政要」です◎

孔子廟堂碑は、貞観2~4年(628~630年)頃に作られました。太宗皇帝の即位にあたり孔子廟を建立。孔子廟は全国に建てられ、そこに置かれた記念碑を「孔子廟堂碑」と呼びます。※虞世南の孔子廟堂碑以外にも、廟堂碑と呼ばれるものはたくさんあります。乙瑛碑や礼器碑などがある山東省曲阜の孔子廟大成殿はとくに有名

「書道Ⅰ」より☆西安碑林博物館にある孔子廟堂碑。原石は焼失、今あるのは重刻碑です(;´∀`)。

虞世南は、この孔子廟堂碑の書丹(碑の文字を石に朱で書くこと)を担当、文も虞世南が考えました。虞世南が書いた碑は現在これだけしか伝わっておらず、碑石は完成後すぐに壊れたそう。拓本は三井文庫に保管されている一本のみですが、この一本にしても完全なものではありません。宋時代の関中本、城武本、北宋時代の陝西本などの拓本(写したものを版に刻んで、拓本をとった複製本)から、内容を補っています。虞世南の書として、他に虞世南の手紙を刻したと言われる「積時帖(せきじじょう)」がありますが、こちらは偽物だという説もあります。

雑誌「墨」263号より☆こちらは城武本の旧拓。拓本によって少し印象も違いますね~

孔子廟堂碑の特徴:向勢であたたかみのある上品な書体

孔子廟堂碑とよく比較される古典に、歐陽詢の「九成宮醴泉銘があります。私のバイブル(?w)、高校の教科書「書道Ⅰ」には、見開きで分かりやすい比較のページがありました。
九成宮醴泉銘は、向かい合う線が内側に反り返る「背勢(はいせい)」で、線は直線的。切れ味は鋭く、点画は等間隔。一方で、孔子廟堂碑は向かい合う線が外側に膨らむ「向勢(こうせい)」で、線はのびやか。横画は起筆は軽めに少しずつ太く曲線的に。点画は長め。左側が密集ぎみ、右側に空間をとることが多いのが特徴です。

「書道Ⅰ」より☆右が九成宮醴泉銘、左が孔子廟堂碑。こう見ると違いがよく分かりますね(*’▽’)!

孔子廟堂碑は書かれてから約1,400年経っているのに、それを感じさせない時代を超えた美しさがあります。臨書してみると、なんというか…あたたかく明るい!あたたかさは向勢によって、空間に丸みを帯びてるから感じるのでしょう。明るいのは線や点をむやみにくっつけずに、ゆとりを持たせているから。引き締めるのではなく、ゆったりと伸びやかに。楷書というと起筆や払いや折れなどしっかり筆の角度をつけて書くものですが、孔子廟堂碑はそういう書法とは違い、肩の力を抜いて書くことが大切だと思わせてくれます。

臨書部の孔子廟堂碑のお手本を並べてみましたー(*ノωノ)

ちなみに虞世南が亡くなった後、太宗に推薦されたのが、虞世南より40歳若かった褚遂良です。虞世南から書を学んでいた褚遂良は、雁塔聖教序などの傑作を生みだしたそうです。孔子廟堂碑は書を学んでいる人、特に臨書をやっている人は、一度書いてみてほしい古典です。楷書なので分かりやすく書きやすいので、臨書初心者の方にもおススメです(*ノωノ)。私は今のところ、一番好きな古典です♪
孔子廟堂碑の臨書に超おススメの本。二玄社の「臨書を楽しむシリーズ」本当におススメです